相続放棄とは、亡くなった方の財産・負債を一切引き継がないことを、家庭裁判所に申し立てる手続きです。

「借金だけ放棄して、預貯金は受け取りたい」ということはできません。相続放棄は「相続人であることを放棄する」手続きであり、プラスの財産もマイナスの財産も、すべて放棄することになります。
相続放棄をすると、放棄した方は最初から相続人でなかったものとみなされます。放棄によって相続分が変わり、後順位の親族(兄弟姉妹・甥姪など)に相続権が移ることがあります。★また、一度家庭裁判所に受理された相続放棄は、原則として撤回できません。放棄の前に全体像を確認することが大切です。
相続放棄を検討すべき3つのケース
相続放棄が有効な選択肢になる主な場面を確認してください。
①借金がプラスの財産を上回るとき
借金・連帯保証債務・税金の滞納など、マイナスの財産の方が多い場合は放棄を検討します。財産調査の結果を見て判断します。
②疎遠な親族の相続人になったとき
後順位の相続人として、知らなかった方の相続に巻き込まれることがあります。面識のない方の借金を引き継ぎたくない場合、放棄が有効です。ただし、本来受け取れる財産もすべて失うため、慎重に検討してください。
③相続に関わりたくないとき
兄弟間の感情的な対立が激しく、手続きに関わること自体が苦痛な場合も、放棄という選択肢があります。ただし、本来受け取れる財産もすべて失うため、慎重に検討してください。
★ある日突然、相続人になる―放棄の連鎖と相続順位の仕組み
★前のセクションの②のように、「知らないうちに相続人になっていた」という事態は、相続放棄の連鎖によって起こります。仕組みを正しく知っておくと、ご自身に順番が回ってきたときに慌てずに対応できます。
★相続人には法律上の順位があります。配偶者は常に相続人となり、これと並んで、第一順位が子(子が先に亡くなっている場合は孫)、第二順位が親などの直系尊属、第三順位が兄弟姉妹(先に亡くなっている場合は甥姪)です。先順位の相続人全員が相続放棄をすると、次の順位の方が新たに相続人になります。つまり、子ども全員が放棄すれば親に、親も放棄すれば(または既に亡くなっていれば)兄弟姉妹に、相続権——借金を含めて——が順番に移っていくのです。
★なお、第二順位の中では、亡くなった方に親等の近い方だけが相続人になります(民法889条1項1号)。たとえば父が存命で、先に亡くなった母の側の祖父母も存命という場合、相続人になるのは一親等の父のみです。母方の祖父母が母を代襲して相続人になることはありません(直系尊属には代襲相続の仕組みがないためです)。その父が相続放棄をすると、今度は二親等の祖父母(父方・母方とも存命であれば全員)が相続人となり、祖父母全員が放棄すると第三順位の兄弟姉妹に相続権が移ります。ご自身が本当に相続人なのかどうか判断に迷う場合も、ご相談ください。相続人の確定については、相続人調査のページでも詳しく解説しています。
参考:相続人順位

- 常に相続人: 配偶者
- 第1順位: 子(亡くなっている場合は孫など)
- 第2順位: 親(亡くなっている場合は祖父母などの直系尊属)
- 第3順位: 兄弟姉妹(亡くなっている場合は甥・姪)
※先順位の人が誰もいない、または全員が相続放棄をした場合にのみ、次の順位へ順番が回ります。
★手続きの基本―申立先と必要書類
★相続放棄の申述先は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。たとえば最後の住所が広島市内であれば広島家庭裁判所、広島県内の他の地域であれば各支部が申立先になります。放棄をするご自身の住所地ではない点にご注意ください。
★必要書類は、相続放棄申述書のほか、申述人の戸籍謄本、亡くなった方の住民票除票(または戸籍の附票)・死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本などです。亡くなった方との続柄(第何順位の相続人か)によって必要な戸籍の範囲が変わり、書類に不備があると受理されません。収集に時間がかかる場合もあるため、熟慮期間を意識して早めに着手することが大切です。
3か月の熟慮期間―期限の延伸と期限後の対応
相続放棄の申述は、相続の開始を知った日から3か月以内に行わなければなりません(民法915条)。この期間を「熟慮期間」といいます。
★民法915条1項は、正確には「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」と定めています。「自己のために」とあるとおり、単に死亡の事実を知っただけでなく、それによって自分が相続人になったことを知った時から、3か月のカウントが始まります。
★この起算点は、相続放棄の連鎖で順番が回ってきた方にとって、特に重要です。後順位の方の熟慮期間は、先順位の相続放棄が確定し、ご自身が相続人になったことを知った時から始まります。具体例を挙げます。亡くなった方の子ども全員が相続放棄をし、第二順位である親に相続権が移ったケースで、その親が、同居する先順位者(子)宛てに家庭裁判所から届いた「相続放棄申述受理通知書」に目を通したとします。この通知書に目を通すなどして、「次は自分が相続人になる」と認識した日が、「自己のために相続の開始があったことを知った時」に当たる可能性があります。その場合、その時点から3か月の熟慮期間が進行することになります。逆に言えば、熟慮期間は死亡の日から当然に進行するわけではありません。ご自身に順番が回ってきたことを知らなかった事情があれば、亡くなった日から時間が経っていても、期間がまだ始まっていないと判断される余地があります。
★ただし、この仕組みには注意点もあります。先順位全員の放棄を知った時から、ご自身の3か月は確実に進行します。たとえば「子ども全員が放棄したらしい」と知りながら3か月放置すれば、後順位のご自身は放棄できなくなるおそれがあります。順番が回ってきたことを知ったら、放置せず速やかにご相談ください。
熟慮期間の延長
3か月以内に財産・負債の調査が終わらない場合は、家庭裁判所に「熟慮期間の延長」を申請することができます。1〜3か月程度の延長が認められるケースが多いです。やむを得ない事情があれば、延長の再申請が認められることもあります。
「3か月が過ぎてしまった」という場合でも、諦める必要はありません。亡くなったことを知った時期・財産の存在を知った時期・放棄できなかった事情などによっては、期限後でも放棄申述が受理される可能性があります。当事務所では、熟慮期間経過後の相続放棄申述が受理された実績があります。まず一度ご相談ください。
やってはいけないこと―法定単純承認に注意
相続放棄を考えている場合、特に注意が必要なのが「法定単純承認」です。
法定単純承認とは、相続人が相続を「承認した」とみなされる行為のことです。この状態になると、たとえ本人に放棄の意思があっても、家庭裁判所は放棄申述を受理しなくなります。
代表的な法定単純承認のパターンは次のとおりです。
・被相続人の預貯金を引き出して使ってしまった
・遺産の一部を売却した
・高価な動産類を相続人間で分けた——これらの行為は、「相続人として振る舞った」とみなされます。
「形見分けをした程度なら大丈夫では」と思われるかもしれませんが、高額の動産・貴金属などは注意が必要です。このほか、遺産分割協議への参加や、故人の財産からの借金返済、賃貸アパートや携帯電話の解約といった行為も、法定単純承認(民法921条)に該当し得ます。相続放棄を考えているなら、遺産には一切手をつけないことが原則です。
一方で、亡くなった方の借金を、相続財産ではなくご自身の財産から支払うことは、被相続人の財産を処分するものではないため、法定単純承認には当たりません。もっとも、支払う必要のない債務まで弁済してしまうリスクもありますので、支払う前にご相談いただくのが安全です。
葬儀費用を遺産から支払ってしまったら?
例外的な扱いが認められる場面もあります。代表例が葬儀費用です。
葬儀は人生最後の儀式として社会的に必要性が高いものであり、その時期を予測することも困難です。こうした事情を踏まえ、裁判例には、被相続人に相続財産がある場合に、それを社会的に相当な範囲の葬儀費用に充てても、直ちに法定単純承認たる「処分」には当たらないとしたものがあります(大阪高裁平成14年7月3日決定)。
同決定は、葬儀の後に社会的にみて不相当に高額とはいえない仏壇や墓石を購入し、その費用の一部を故人の貯金から支出した行為についても、明白に「相続財産の処分」に当たるとは断定できないと判断しています。
ただし、豪華すぎる葬儀や、葬儀に関係のない支出まで許容されるわけではありません。
また、通常、香典は喪主に対する贈与と理解され、相続財産には含まれません。そのため、まずは香典や喪主自身の財産から支出し、遺産に手をつけるのは最終手段とするのが安全です。「すでに遺産から葬儀費用を払ってしまった。もう放棄できないのか」とお悩みの方も、諦める前にご相談ください。個別の事情次第で、放棄が認められる可能性は十分にあります。また、これから葬儀費用のお支払いを予定されている方も、ご自身の判断で遺産から支出される前に、ぜひお早めに弁護士へご相談ください。
仏壇・お墓などの祭祀財産は、受け継いでも放棄に影響しない
仏壇・お墓・位牌・過去帳などの「祭祀財産」は、民法上の相続財産には含まれず、慣習に従って祭祀を主宰する方が承継するものとされています(民法897条)。
したがって、これらを受け継いでも法定単純承認にはならず、相続放棄ができなくなることはありません。たとえば、相続放棄の前に実家の仏壇をご自宅に移したとしても、それだけを理由として相続放棄が認められなくなることは通常ありませんので、ご安心ください。
「安易な相続放棄」にも注意―放棄は撤回できません
ここまで「放棄に失敗しないための注意点」をお伝えしてきましたが、逆方向の失敗もあります。それが、十分な調査をしないままの安易な相続放棄です。
「借金しかない」と思い込んで放棄したあとに、預金通帳や株式、不動産などの価値ある財産が見つかることがあります。しかし、一度受理された相続放棄は、原則として撤回できません。後から資産が判明しても手遅れです。
放棄か承認かを正しく判断するには、不動産・預貯金・証券・生命保険・負債などを項目ごとに整理する相続財産調査が欠かせません。
3か月の熟慮期間はこの調査をしているとあっという間に過ぎてしまうため、調査と並行して延長申請の要否も検討する必要があります。財産調査の進め方は、相続人調査・相続財産調査のページで詳しく解説しています。
受理通知書と受理証明書―放棄が認められた後の手続き
相続放棄の申述が家庭裁判所に受理されると、「相続放棄申述受理通知書」が申立人に送付されます。1通しか発行されないため、大切に保管してください。
貸金業者や金融機関から請求が来た場合に放棄の事実を証明するには、別途申請が必要な「相続放棄申述受理証明書」を取得します。通知書でも代替できる場面がありますが、確実な証明が必要な場面では証明書の取得をお勧めします。★受理証明書は、ご自身の放棄の証明だけでなく、金融機関で相続預金の払い戻しを受ける際に、他の共同相続人が放棄したことを証明する手段としても用いられます。
★なお、ご自身が放棄したことで相続権が移る後順位の親族(亡くなった方の親や兄弟姉妹など)には、放棄した旨を知らせてあげると親切です。前述のとおり、後順位の方の熟慮期間は「自分が相続人になったと知った時」から始まりますが、何も知らないまま債権者からの請求で突然事実を知ることになると、親族間のトラブルの種にもなりかねません。
放棄した後の空家の保存義務
相続放棄をしても、放棄した時点でその財産を「現に占有」していた場合には、他の相続人または家庭裁判所が選任する相続財産清算人に引き渡すまで、自己の財産と同一の注意をもってその財産を保存する義務が残ります(民法940条1項)。2023年4月の改正により、義務は「管理」から「保存」へ、対象も「現に占有している財産」に限定されました。
「現に占有」に該当する典型例は、被相続人と同居していた自宅、放棄者が鍵を所持している空き家、定期的に様子を見に行っていた実家などです。逆に、遠方に住んでいて一度も関わったことのない不動産であれば、原則として保存義務は生じません。
保存義務の内容は、建物の倒壊や塀の崩壊で第三者に損害を与えないよう最低限の安全管理を行うことです。注意すべきは、占有者である以上、民法717条の工作物責任により、建物の瑕疵で通行人等に損害を与えた場合は損害賠償責任を負うおそれがあることです。
この義務から解放されるためには、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立て、清算人に財産を引き渡す必要があります。申立てには数十万円の予納金が必要になるため、相続放棄の検討段階から、放棄後の占有関係・管理負担まで見据えた対応が求められます。
★解決実績の一例
◆熟慮期間経過後の相続放棄申述が受理された事例
★死亡を知ってから3か月が経過した後に、自治体から被相続人の生活保護費数百万円の返還請求を受けた方のご依頼で、当事務所にて事情の説明を詳しく行い、家庭裁判所に相続放棄の申述を受理してもらいました。これにより、生活保護費の返還請求を免れることができました。
「もう間に合わない」と思える状況でも、事情を丁寧に裁判所へ説明することで道が開けることがあります。期限が過ぎてしまった方こそ、まず一度ご相談ください。
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